保険の虫眼鏡(第113回)
「有識者会議報告書」をどう読むか

 今回も、テーマとして長く連載してきた日米保険協議は中断し、6月25日に
金融庁が公表した『「損害保険業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者
会議」報告書』(以下「有識者会議報告書」)について記したいと思います。
前回、この報告書が企業代理店の今後にどのような影響を与えるかという観点
で記しました。今回は、そもそもこの報告書をどう読むかについて記したいと
思います。

様々な論点

 歴史の不思議な綾(あや)としか思えません。全く何も因果関係がなく、誰
かの意図が働いたわけでもないのに、ビッグモーター事件が生じた時に、カル
テル問題(保険料調整行為)が世の中に浮き出てきました。そして、今、損保
事業に長年染みついた様々な垢のようなものが問題視されています。

・モーターチャネルにおける「利益相反」をどう捉えるか
・保険会社における営業部門と損害調査部門との関係の是正
・「兼業」代理店への規制をどうするか
・大規模代理店に対する保険会社の監督はどうあるべきか
・過度の本業支援は禁止すべき
・政策株式は売却すべき
・「企業内代理店」のあり方 ・・・ 「自己・特定規制」 経過措置の廃止
・「比較推奨販売を行う乗合代理店」の適正化
・手数料ポイント制度の在り方 ・・・ 「規模と増収」よりも「業務品質」
・保険会社による「数字の交換」による競争
・「総合的収支管理」 ・・・ ある種目の赤字を別の種目の黒字で補てん

 そして、有識者会議報告書で指摘されたこれらの問題に続いて、新たに契約
者情報漏洩問題が生じ、金融庁はこれに関し、大手損保4社に対して7月22日
付で報告徴求命令を出しています。
 もしも二つの事件が同時に起こらなければ、テレビのワイドショーなどであ
れほど大騒ぎしなければ、独禁法違反であるために公取が出て来なければ、
もっとシンプルな解決策が採られたかもしれません。例えば、修理費上乗せ防
止策や独禁法遵守のための共同保険ルールの策定といった対症療法的な解決策
です。しかし、そうはならず、本業支援や政策株式など様々な領域にまで問題
は広がっていきました。

「歪んだ競争」が生み出した「慣行(コンダクト)」

 ビッグモーター事件とカルテル問題(保険料調整行為)には、一つの大きな
共通点があります。「歪んだ競争」の行きつく先だったという点です。かつて
の算定会制度は、民間会社として競争の中心に置くべき「商品」と「価格」の
競争を閉ざしました。その結果、様々な形での「歪んだ競争」が生まれ続けま
した。モーターチャネルへの販売協力、大量の企業代理店の登場、政策株式や
本業支援による契約維持、トップライン偏重の競争など、冒頭記した様々な問
題はすべて「歪んだ競争」によって生み出されたものです。
 ビッグモーターによる不正な保険金の水増しや損保会社の営業社員による保
険料調整行為は法律上も問題となる行為です。その一方で、これらを生み出し
た損保業界の様々な悪弊は、必ずしも法律違反というものではありません。
「何か変だが法律違反ではないから続けてもよいだろう」という感覚で行われ
続けた「慣行(コンダクト)」でした。本当は、1998年の保険自由化によって
「商品」と「価格」の競争が始まったわけですから、これと同時に消滅すべき
ものでした。しかし、「慣行(コンダクト)」は消滅しませんでした。もしか
すると、商品と価格の競争よりもそちらの方が楽だったからかもしれません。

「慣行(コンダクト)」が「コンダクト・リスク」に転化

 ビッグモーター事件とカルテル問題(保険料調整行為)は、損保業界におけ
る「慣行(コンダクト)」を明るみに出し、これらは「損保の常識は世間の非
常識」として厳しく指弾されることになりました。この二つの事件によって、
「慣行(コンダクト)」が「コンダクト・リスク」と称される「リスク」に転
化したわけです。
 「コンダクト・リスク」とは何かについて、金融庁は、2018年10月15日に公
表した「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方
(コンプライアンス・リスク管理基本方針)」の本文11頁に<BOX>というコ
ラムを設けて次のように説明しています。

 「近時、コンダクト・リスクという概念が世界的にも注目を集めはじめてい
る。コンダクト・リスクについては、まだ必ずしも共通した理解が形成されて
いるとは言えないが、リスク管理の枠組みの中で捕捉及び把握されておらず、
いわば盲点となっているリスクがないかを意識させることに意義があると考え
られる。  そのようなリスクは、法令として規律が整備されていないものの、
①社会規範に悖る行為、②商慣習や市場慣行に反する行為、③利用者の視点の
欠如した行為等につながり、結果として企業価値が大きく毀損される場合が少
なくない。」

「有識者会議報告書」の位置付け

 ビッグモーター事件とカルテル問題(保険料調整行為)に対し、金融庁は表
面に現れ出た事象に対して対症療法的な解決策を講じるだけでは真の解決策に
ならず、その背後に潜む「慣行(コンダクト)」を糺すというスタンスで臨ん
でいます。そうであるがゆえに「有識者会議」が設けられることになりました。
「有識者会議報告書」の正式名称をもう一度、みてみましょう。『「損害保険
業の構造的課題と競争のあり方に関する有識者会議」報告書 ― 我が国保険市
場の健全な発展に向けて―』となっています。そして、この「はじめに」の中
に次の文章があります。

 「業界全体に広がっている商慣行、及びそのような慣行が作り出してきた市
場環境がこれらの不適切事案の大きな要因となっていたことを踏まえれば、個
社による対応のみでは不十分であることは明らかである。こうした認識のもと、
一般社団法人日本損害保険協会(以下「日本損害保険協会」という。)におい
ても、業界全体として改善に向けた取組みを進めているが、保険行政を担う金
融庁及び財務局においても、制度やモニタリングのあり方を改めて点検し、必
要に応じて見直していくことが求められる。」

 何が問題として認識され、それにどのように対応しようとしているのか、
「はじめに」に記された文章を紹介し、今回はここまでにしておきたいと思い
ます。

日本損害保険代理業協会 アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史